2011年04月07日

関西・草津線撮影A 貴生川

前回からの続きー今回は滋賀県の草津線、貴生川駅周辺です。

貴生川(きぶかわ)駅、JR草津線と私鉄の近江鉄道、
三セクの信楽高原鉄道との乗り換え駅。
信楽事故の舞台の一つでもあります。

写真は近江鉄道の電車、近江鉄道は西武鉄道の子会社で
ライオンズカラ―の電車も在籍してることで有名。
貴生川1.JPG
貴生川2.JPG

草津線電車は当日は全て113系系列でした。
国鉄塗装もいるみたいですがお目に掛かれず。。。
貴生川駅 草津線.JPG

信楽鉄道は0番線、完全に切り離されたホームから発車、
かつて国鉄信楽線だった時代〜事故当時までは国鉄と線路が
繋がっていて乗り入れもたまに行っていたようですが、
事故後は完全に縁が切れたようです。
信楽鉄道.jpg
写真は事故を受けて新規に製造された頑丈な2代目車輌。


この後は一度も行ったことないしせっかく来たからと
事故現場へ行ってきた、どんな辺鄙な所かと思えば、
眼の前はちゃんとした道路で第二名神の信楽インターから
降りてくる取付道路の突き当たりが事故現場でした。。
事故現場トお目.JPG
左に見えてる信号がインターです。
近くに駐車場あるんで歩いていけます。
ご高齢のご遺族の方に配慮してか、歩道はバリアフリーになってました。

信楽列車衝突事故の現場。
裁判の決着を受けて新規に慰霊塔が建立されてます。
たしか去年くらいにテレビでもやってましたね。
事故現場.JPG

信楽高原鐵道列車衝突事故は1991年(平成3年)5月14日10時35分頃、
信楽鐵道・小野谷信号場 - 紫香楽宮跡駅間で、信楽発貴生川行の列車(SKR200形)と、
京都発信楽行きのJR西日本の直通臨時快「世界陶芸祭しがらき号」(キハ58系)が正面衝突。
キハ58は先頭部が押し潰されSKR200は先頭車が2両目とキハ58とに挟まれる形で
原型を留めない程に粉砕された。
42名が死亡(JR側乗客30名、信楽高原鐵道側乗客12名、職員5名)、
614名が重軽傷を負う大惨事となった。
120590362351516122960.jpg

とゆう当時の鉄道史上最悪の事故となったもの。
現在ある鉄道事故調査委員会はこれを機に設立・・・など、
鉄道運行の安全策を抜本的に観直す契機になった大惨事でした。
原因は信楽線が赤で発車したことですが、本来信号無視が起きた場合、
次の閉塞区間で自動的に足止めされるはずなのですが、JRが無断で設置した
方向優先梃子(無理矢理JR側を青に変えるシステム)のせいで、
停止システムが狂い衝突に至った訳でJRがお咎めなしだったのは
ひとえに国に守られてる企業だったからだと思います。

慰霊碑、亡くなった方全員(乗務員除く)のお名前が刻まれてます。
慰霊碑.JPG
鋼鉄の箱であるキハ58が迫ってくる恐怖は
考えただけで身震いしてしまいます。。
ここに刻まれた方々のおかげで鉄道運営に怠慢気味だった
鉄道各社、行政が身を正し、今日の安全運行がなされているのだなぁ。と
思うと、なんともいえませんね・・・。
犠牲が出ないと気付かないのでしょうかねぇ人間て。。

慰霊碑に手を合わせ、この場を離れました、
慰霊碑は綺麗に磨かれていてまだまだ遺族の方の傷は
癒え切ってないんだなぁと思いました。

今回は行きませんでしたが、終点の信楽駅には
この事故を記録したミュージアムがあるそうで、
次回訪ねた際は行ってみようと思います。
当時の事故車両も収蔵されているそうですが、
あまりに酷い状態で一般公開は出来ないそうです。。

さて今回はこれで終了。次回は柘植より亀山よりの
加太駅からです。




posted by 幽羅@白銀 at 02:21| 三重 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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